さっき感じた、悪寒のような、内蔵をつかまれたようなこの感覚。
時が止まったかのような感覚に再び陥る。


リク「人はありとあらゆるものに名前を付ける。

   ・・・だがそれは時に他者を縛り付ける鎖にもなりえるのだ。」


「くさり・・・」

リク「お主はその狐に名を与えた。
   それはつまり、その狐の魂を縛りつけることにもなりえるということを忘れるでないぞ。」



そういえば日本には昔、「忌み名」という文化があったらしいと聞いたことがある。
言われてみれば確かに名前をつけるってのは縛り付ける・・・
要は主従関係をつくることにもなりえるわけか。

「・・・あの、だんなさま。」


の声が聞こえたとともに、さっきまでを包んでいた空気は
一瞬にして晴れていた。
まるで何も起こらなかったようにが続ける。

「この子にも、名前を付けてあげてもらえませんか?」

「いやいやいや、今の話聞いてた!?
   この流れでそう軽い気持ちで・・・」

「少なくとも。」

「私は、だんな様がくれたこの名前が鎖だなんて思ってませんよ。」


その言葉に、またの時間が止まる。
さっきとは違う暖かいような空気。


「私にとって、この名前は・・・という名前は
    ほかの狐とは違うってことを・・・
    私が私であることを証明してくれる大切なものですから。」



・・・なんというか、のほうが聞いてて恥ずかしくなってくるような話だが
本人はいたって真面目に考えているらしい。
は柔和な表情のまま、いつの間にか椅子に腰かけているリクに向きなおる。

「命を助けられて、こんな大切なものまでもらって。
    どうしてもその恩を返したくて。
    だから私はここにいるんです。

    私が・・・がここにいたいから。」


の言葉を静かに聞くリク。
その右手は傍らで眠る犬っ子の背中をやさしくなぞっている。

リク「・・・ふふ、言うじゃないか、狐の子。
   お主がそこまで言うのなら、その人の子を信じるとしよう。」


リクが犬っ子の鼻先を”ツン”とつつくと
見慣れた”ドロン”という煙とともに人の姿が現れた。

リク「見てのとおり犬の子はまだ人化が不安定だ。
   しばらくは先輩として、おぬしが面倒をみてやれ。」


・・・まあ、やっぱりこうなるわけだよな。

   

リク「さっきも言ったが、動物の人化は強い”想い”が原因だ。
   もしもそれが、何かに対する恨みだったら面倒なことになるのは目に見えておるからな。」


「う、恨み・・・か。」


この犬っ子は捨て犬だった。その可能性は十分にある。
監視・・・ということもあるんだろうか。

リク「・・・まあ、要はその恨みを晴らすか、もしくは忘れさせてやるかだ。
   狐の子、拾ったからには責任を持つことだ。」


「せ、責任・・・」


もそんなことを言ったが
まさかその「捨て犬」がこんなことになるとは思ってなかったし。


は少し曇った顔をした後、その視線をに向けて静かに口を開いた。


「・・・だんなさま、もう一度だけ、お願いします。」

そのあとに続く言葉はだいたい予想がいく。
返答を急ぐ気持ちをぐっとこらえて、の言葉を受け止めた。


「この子、うちで世話をしても良いですか?」

「・・・こうなった以上、元の場所に戻してこいとも言えないからな。
   その代わり、ちゃんと面倒を見ろよ?」

驚きの顔が安堵と喜びの混じった複雑な表情に変わる。
その顔にあの日のことを思い出した。

「自分の名前」を小躍りして喜ぶ、あの姿。

リク「さて。儂はそろそろおいとまするかのう。
   人の子よ。」


さっきまでとは変わり、柔らかな笑みを浮かべたリクと目が合う。
リクはふたたび窓枠に腰かけつつ続けた。

リク「言うまでもないが、名は体を表すというからな。
   その犬の子にふさわしい名前をつけてやってくれよ。」



フッ・・・


そういいながらリクの体は背中から窓の外へと・・・

「っちょ!おい危なっ・・・」


突然のことに慌てて伸ばしたの手はむなしく宙を切り
舞い散る黒い羽根と、それをまき散らしながら空へ消えていくカラスが
の心配をもむなしく消し飛ばした。


「・・・あ、ほんとにカラスだったんだ・・・」


「さっき言ったじゃないですか、先輩のカラスさん、って。」


いや、の言葉を信じてなかったわけじゃないんだけど・・・ねぇ。







次のストーリーへ





戻る