七志「勝手にどっか行くなよ」

と、一応言ってはおいたが、いなりに限ってそんな心配はいらないだろうか。

いなり「ええ。ええ!もちろん離れませんとも。一時たりとも!」

安心ではあるが・・・それはそれでうっとおしいな。


自宅から歩いて15分ほどのショッピングモール。
スーパーや雑貨店、ホームセンターに書店、フードコートなどが入った小さな施設だ。
・・・ショッピングモールと呼ぶにはちょっとおこがましいかな?

夕飯時をすぎた店内はスーツ姿のサラリーマンが散見されるくらいで
いろいろ見回るにはちょうどよさそうだ。

初めての「お店」にいなりは目を輝かせている。
さすがに普段の服では悪目立ちするので、普段着として違和感のない服装に変えてもらったのだが・・・

いなり「・・・?」

なんでそんなフリフリというか・・・かわいらしさ全開なんだろう。
かわいいけど。



いなり「だんなさま!だんなさま!あれはなんですか!?」



さっきから様々なものに目をつけては俺に質問を投げつけてくるいなり。

七志「それは足のかかとの角質をとる・・・」

『角質』の時点で顔に?がうかんでいる。
まあ、狐に軽石を説明するには無理があるか。


いなり「いわゆる”びようぐっず”ですね。顔をコロコロするやつみたいな」


狐という生き物は、人間の思っているよりはるかに人間を観察していた。
その事実が俺の目の前に突き付けられる。

店内を散策しつつ、今回の目的である食器コーナーへ到着。
陶器のものからガラスのもの、はたまた一見どう使うのかわからないものなど
様々な食器が並んでいる。

・・・のだが、ここでは品定めをするだけに過ぎないのだ

いなり「見本として方向性を固めて、さっき言っていた”ひゃっきん”で探すわけですね」
七志「あんま元気な声で言わないほうがいいぞ、それ」

そう言っていなりは並んだ食器と同じくらいに目を輝かせて茶碗を選ぶ。
ケチなこと言わずにここで買ってやってもよかったかな。

いなり「あ、だんなさま、私こういうのがいいです!」


と、指さした茶碗は大小ふたつがセットになったデザインのもの。
いわゆる夫婦茶碗だ。
意味を理解しているのか否か、急に恥ずかしくなってきたぞ。

いなり「この赤いほうのような茶碗がいいです」


・・・深く考えた俺はなんなんだ。さらに恥ずかしいぞ。

ともあれ、方向性は定まったらしい。
店を出て100円ショップを目指す道すがら、いなりがもじもじしている。


いなり「あっ・・・ちょ、ちょっとすみません、だんな様・・・」


いなりがトイレに駆け込み、数分してすぐ戻ってきた。
・・・まあ、詮索するのはやめておこう。


予定通り100円ショップで似た茶碗を探す。

いなりが選んだのは、白色の器に黄色い花が描かれ・・・赤くないのかよ!!


七志「いや、いいんだけどさ。さっきのとはわりと違うんじゃないのか?」

ふふっ、といなりが微笑む。

いなり「いいんですよ。
    だってそれ、さっきのお店でだんなさまが見ていたのと似た柄ですもの」


そういえばさっきの店に、これと似たような花の皿が売ってたな。
さすが、よく見ている。

七志「ほかに欲しいものはないか?」

いなり「これだけあると、いろいろ目移りしちゃいますねぇ」


そんなに大きな店でもないと思うが、初めて来る「お店」はそう映るのだろう。
店内をあれこれ回り、様々な品物を見て回る。
どれを選んでも100円というのがここまで気楽とは・・・








かごにいれた商品をレジに持って行って清算。
お金のやりとりをじっと見つめるいなりの勤勉さには頭が下がる。


いなり「・・・っ!ちょ、ちょっと失礼しますっ!」

七志「あ、おい。大丈夫か?」


さっきからたびたび席を外すいなり。さすがに体調が心配だ・・・が。
彼女の向かった先にトイレはない。

不思議に思って探してみると・・・いた。
店の外に置かれたゴミ箱と観葉植物の間の陰に隠れて頭を抱えている。


七志「いなり?大丈夫か?」

いなり「ふえっ!」




しゃがみこむいなりの手は、普段見慣れた狐耳を抑え込んでいる。

彼女は観念したのか、恥ずかしげに語った。

狐耳や尻尾を消して人間と同じ姿になる、いわば完全な人化には
彼女が人の姿になる源・・・『霊力』を消耗するらしく、長い時間保つことはできないらしい。

さっきからたびたび姿を消していたのは、人目につかないところで休憩していたそうだ。
体の不調ではないというのがわかったのは少しホッとした。



いなり「その・・・しっぽはどうにか隠れてるのですが・・・。」

と、髪をまとめるように耳を抑える彼女を見て、俺は帽子を買ってやることを決めたのだった。


第2話:おわり




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