部屋にかかった時計に目をやると、ほどよく鋭角になった針が見える。
窓の外では近所の街灯が寿命を訴えるように点滅を続けていた。
七志「・・・もうこんな時間か・・・」
「助けた狐が女の子になって居候し始めた。」
というきわめてエキセントリックな出来事があっただけあり
普段の休日以上に時間が進むのが早く、気づけばすでに夕食も片付いていた。
これからの生活にあたっていろいろ確認しなければならないことは山ほどあるけど、
とりあえず、直近の疑問をぶつけてみる。
七志「変なこと聞くけど、狐って風呂には入るのか?」
普通の狐は水浴びすらしなそうなのだが、目の前の狐は見るからに普通じゃないしな・・・。
いなり「フロ・・・お風呂ですか?もちろん知ってますよ!
    泡だらけになった後にお湯に入るアレですよね。」
だいぶ知識に偏りがある・・・というか目的が抜けた知識なのだが。
まあ、風呂を知っていることが分かっただけで安心した。・・・安心?
いなり「せっかく人の姿になったのです、ぜひとも!」
風呂の目的と風呂場の使い方を聞くと、いなりは神妙な顔つきになる。
狐といえどやはり女の子なのだろうか、それとも人化した影響なのか。
彼女は人間と同じく、体を清潔に保つことに関心があるらしい。
いなり「それではさっそく、いってきます!」
といって意気揚々、服を着たまま風呂場に入ろうとする。
七志「ちょっと待った、服は脱いでから入っ・・・いや待って!脱ぐのは俺が出てから!」
俺の借りているこのアパートに備わった風呂場は、シャワーと浴槽で構成された、いわゆるユニットバスだ。
男の一人暮らしといえど賃貸なので、それなりに気を使って清潔に使っているつもりだ。
なんとなく気が引けるので、ボディタオルは買い替え用の新しいものをかけておいたけど。
七志「ここをひねるとお湯が出てくる。火傷しないように気を付けて」
さすがに実践で教えるわけにはいかないので
シャワーの使い方、シャンプー、ボディソープの使い方など、ざっと教えて後は任せることにした。
根拠はないけど・・・たぶん、大丈夫だろう。と、リビングのほうに戻ろうとしたとき。
『ガコッ』という鈍い音の後、いなりの悲鳴が飛んでくる。
いなり「だ、だんなさま!シャワーが止まりませぇん!」
ドアの向こうで暴れるシャワーヘッドと戦ういなりが目に浮かぶ。
・・・やっぱり前途多難かもしれない。