七志「ちょ、ちょ、ちょちょっと待ってくれ!」

さっき目の前で起こったことを考えれば答えはシンプルだ。
それはそれとして目の前で起こったことをすぐ飲み込めるほど、俺の頭は柔軟ではない。
抱きとめた腕を離して、一歩二歩後ずさり、彼女のことをよく見る。

さっきまでの狐の姿を思い起こさせる黄金色の髪、そして狐の目という比喩表現に反してつぶらな瞳。
そしてまるで、そう・・・美少女アニメから飛び出して来たかのような浮世離れした服装。
可愛らしい顔立ちにはよく似合うのだが、俺の目はその頭の上に生えた狐耳に奪われていた。
よく見たら長い後ろ髪に隠れてふさふさした尻尾も生えているような。

七志「昨日の・・・キミなのか?」
少女「はい!昨日の狐です!」

たとえるなら、家族と数年ぶりに再会したような満面の笑み。
こうも屈託のない笑顔を向けられると、人は戸惑ってしまうものなのだ。

あ、でもこの状況。誰かに見られたらいろいろ面倒なことになるんじゃ?
・・・と、少しだけ冷静になった頭で考える。
さすがに見ず知らずの女の子を家に連れ込むのはマズいと思うのだが
俺は意を決して彼女を家の中に招いた。

七志「とりあえず、その・・・話を聞きたいから
   いったんうちの中に来てくれるかな?その・・・散らかってて悪いけど」
少女「それでは、おじゃまします!」

二つ返事でついてくるのは不用心だと思うんだけど、人間の感覚で考えちゃダメ・・・なのか?
早くも俺のほうの認識がマヒしてきたぞ。


キッチンのテーブルについてもらい、俺も適当な椅子を持ってきて向かい合う。

七志「えーっと・・・改めて説明してもらっていいかな?その・・・狐さん。」
少女「そうですね。まずは改めて・・・
   昨晩は助けていただいて、どうもありがとうございました」


昨晩車にはねられた傷により、死を覚悟していたこと。
そこでこの俺の登場により九死に一生を得たこと。
たびたび記憶を思い出すかのように言葉を止めつつ、これまでのことを語り始めた。

七志「それで、気が付いたらその力に目覚めてた、ってこと?」

彼女の説明によるとつまり、死に至った影響で魂が漏れ出したものの
結果死なずにすんだことによりあふれた魂がそのまま定着した、とかなんとか。
・・・正直スピリチュアルすぎて理解できないが、わかったことがひとつ。
あの獣医の先生、腕は確かだったということだ。

少女「私・・・はじめて知ったんです。人の腕の中のぬくもりというのものを」

少女は恥ずかしそうにほほに手をやる。恋の話をするような様子ではにかむ姿はなんともかわいらしい。

少女「それで、あなたに恩返しがしたくて。
   えーっと、黒いトリさん・・・そう、カラスさんが教えてくれたんです。
   人間のオスの方への恩返しはお嫁さんになることだ、って」


カラスが教えてくれた・・・?狐ならではの表現なのか、それともそのまんまの意味か?
そういえばあの獣医の先生が冗談めかしていってたっけ。
”何か恩返しがあるかもしれませんね”・・・って。

七志「そ、そうだな。おとぎ話ではそういうのがあるけど、いきなりお嫁さんと言われてもな・・・」

少女「ご迷惑・・・でしたか?」


俺の言わんとしていることを察してか、彼女はしゅんとした顔で目線を落とす。

七志「い、いやいや!迷惑なんてことはないんだけどね!?」

率直な感想を言えば、女性に縁のない俺に突然嫁さんが来るなんて嬉しいに決まっている

七志「ただ、その。そういうのはこう、もっとお互いを知ってからというか・・・
   ごめん、話が急すぎてまだ頭に入ってこないんだ」

だけど、”俺に命を救われたから、俺の嫁になります”とそんな簡単に決めていいものなのだろうか?
たとえ相手が誰だろうと、他人の生き方を決める権利は俺にはないわけで。

少女「あの、ちなみになんですけど。
   恩返しの方法って・・・ほかには何があるんでしょうか?」

七志「そうだな、恩返しっていうと・・・何かこう、何かくれたりとか、家のこと手伝ってくれたりとか」

俺は昔話や童話をに出して彼女に説明する。
いろいろ考えを巡らせながらしゃべる俺に要所でうなずく狐さん。まじめな子だな。

七志「ただ、今の時代、ここではた織りされても困るしなあ。
   定番はやっぱり金銀財宝とか、そういう・・・」


少女「きんぎんざいほう・・・ですか?」


聞きなじみのないワードに不思議そうに首をかしげる。
まあさすがに、狐に金銭を理解しろというのに無理があるか?
さっきから会話が成立している時点でもうなんでもありなんだけどな。

七志「あとは・・・よくあるのは・・・食べ物を送ってくれたりとか」

有名な昔話を思い出しながら言ったことだが、この言い方だとお歳暮とかお中元に聞こえるな。
少女「食べ物ですか。木の実、えーっと・・・『ドングリ』?がたくさん撮れる場所が・・・」

ぐぅ~・・・

言葉を遮る腹の音。
俺の腹には肉まんが入っているから、つまり・・・

七志「お腹空いているの?」

少女は照れ臭そうな様子で
「その、朝から何も」と目線をそらした。
普段の食事を思い出して腹が鳴った、とそういう感じだろうか。
俺はコンビニの袋をテーブルに置き、中身を取り出す。

七志「おにぎりくらいしかないけど、食べるか?」

差し出された三角形のそれを興味津々に見まわす。

少女「これが『オニギリ』・・・!!聞いたことはありますが初めて見ました!」
七志「ここを引っ張って、こう・・・」

まるで手品を見ているように真剣なまなざしで包装を開ける俺の手元を見つめている。
白いご飯が見えたタイミングで「あっ」というリアクションが聞こえる。なんか新鮮だな。

七志「はい、どうぞ」

完成したおにぎりを差し出すと、彼女は宝物でも受け取るかのごとく、おそるおそる両手で受け止めた。

少女「いいんですか?」
七志「ちょっと買いすぎちゃったからな、遠慮しなくていいよ」

袋の中ではおにぎりがひしめきあって待機している、腹が減ってるときにコンビニに行ったせいだ。

少女「で、では・・・いただきます」

偶然口から出た挨拶と入れ替わりにおにぎりの先端が入っていく。

パリッ、という海苔の音に彼女は目を見開いた。

少女「~~~~~~~~ッ!!!???」

片手で口を押さえておにぎりを掲げ、目を潤ませて咀嚼する。

少女「な、なな・・・なんっ・・・こ、こんなにおいしいものを食べているんですか!?人間っ・・・さんたちは!?」

口から感嘆の声とおにぎりが交互に続いて二口、三口。

少女「このパリパリと中のふわふわとっ!中に入ってるしょっぱいコリコリ!」

そういや渡したのは昆布だった。
彼女は初めて食べる人間の食べ物の、おにぎりの食感に夢中になっている。
気にいったようで何よりだけど、こんなに喜んでくれるとは思わなかったな。

七志「ほかにもあるけど・・・食べる?」
少女「はっ・・・はいっ!」

いい食べっぷりをみているとこっちも小腹が空いてくる。
適当にとって俺もおにぎりの角を口に運んだ。
そういえば・・・会社外で誰かと一緒に食事をするのっていつぶりだろう。

少女「んにゅっ!!??」
おにぎりに潜んだ梅干しに不意を突かれて動きが止まった彼女に思わず俺も笑顔になる。


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