俺が目を覚ますと、そこは布団の上だった。
今度はしっかりかけ布団をしているのに気づく。

少女「・・・あっ、お気づきになりました?」
件の少女が枕元にかがんで俺を見つめている。
先ほどの光景が脳裏に浮かび、また気絶しそうになったが、なんとか今回はこらえた。

七志「ちょっ・・・と、あの・・・説明。
   改めて説明してもらっていいかな?その・・・狐さん」

テーブルに対面して座ると、彼女はぽつぽつと語りだした。

昨晩車にはねられた傷により、生死をさまよい、死を目前に控えていたこと。
そしてこの俺の登場により九死に一生を得たこと。

少女「死に限りなく近い状態になったことで、私に眠る『霊力』が覚醒したのだそうです。
   それで、この変化の術もそのときにさずかったのだとか」


彼女の説明によるとつまり、死に至った影響で魂が漏れ出したものの
結果死なずにすんだことによりあふれた魂がそのまま定着した、とかなんとか。
正直スピリチュアルすぎて理解できないが、わかったことがひとつ。
あの獣医の腕が確かだった、ということだ。

話を聞きながら、今までより多少落ち着いて彼女の容姿を見てみる。
まず目に入るのは頭頂部のケモノ耳。さっきちらっと見た狐そのものの姿の時より中央寄りで
先端は白くなっている。耳の中にはもふもふとした飾り毛。
黄金色にも見える薄黄色の髪。横の髪にはクセがあるらしく、狐だがドッグイヤーを形作っている。
目じりにかかったハネがあるのも同じく髪のクセなのだろうか。
クリクリとした目はよく光が入り、虹彩はオレンジ色に見え、幼いながら整った顔に映える。
顔つきだけだと10代なかばほどの少女に見えるのだが、実際に人間でいうどれくらいの年齢なのだろう。

小柄な体躯もあって幼く見えていたが、失礼のない程度に監察してみると、華奢な体格ではなさそうなことがわかる。
あまり言及するとアレなのだが、小柄な体躯に似合わず肉付きは良いことが服の上からでも見て取れる。
身に着けた白と赤の巫女服は肩にリボンがついており、かわいらしさとアニメっぽさを増している。
今は座っていて見えないが、丈の短いはかまのようなものと、白いニーソックスを履いていたのは覚えているな。


少女「それで、その・・・助けていただいて、本当に感謝しています」
そこまで言うと、彼女は急に顔を赤らめて視線を落とす。

少女「私、知りませんでした。男のヒトの方の胸の中とは
   ああも暖かかく、頼もしいものなのですね・・・」


なにやら甘酸っぱい空気。
俺としては初めて感じる、この何とも言えない空気。
異性から好意的にみられるのは単純にうれしいのだが、今は平静を装おう。
なにより残念ながら、俺の好みは大人っぽい女性だし。

少女「それでですね、その。お礼をしに来たのはいいんですが・・・」
狐さんが何やら困った顔で目線をそらす。
少女「その、そもそもお礼とはどうすればいいのでしょうか?」

そこかよ、と内心ツッコミを入れる。
確かに人間になりたての狐に、人間の文化を理解しろというのも無理がある。
・・・いや、そもそも人間になりたてってなんだ。
そもそもなんで俺はこんな高速で順応してるんだ。
順応しているというより感覚がマヒし始めてるだけかもしれないが・・・

七志「そうだな・・・たとえば昔話だと、はた織り・・・今でいう内職とか?」
ふんふん、という感じで顔を上下させる狐さん。
しかし、現代においてはた織りって必要か?
七志「あとは・・・竜宮城につれてってくれたり」

『竜宮城』というワードに首をかしげる。
まあ、確かに狐に竜宮城を理解しろというのは無茶なんだが
この会話の時点が成立している時点でもうなんでもありだろう。

少女「どれも私にはできそうにありません・・・ね・・・」
しょんぼりした顔でうつむく少女。
七志「あ、いや、待ちなって、前例がなくてもいいじゃないか。
    たとえばほら、家事とか」


少女「家事・・・身の回りのお世話ですね。それならなんとか!」
なんとか笑顔が戻った。よかった。

・・・いやいやいや、よくないだろ!
思わず心の声が口から出た。少女がビクッとしている。
また泣きそうなのでとりあえず話題を変える。



七志「そ、そういえば君、名前は?」

いいかげん『君』や『狐さん』では面倒だ。
少女「ナマエ・・・名前ですか?」
不思議そうな顔で俺を見つめる狐さん。
少女「そうですねえ、ヒトの皆さんのような『ナマエ』は・・・特にありませんね。」

なるほど、名前をつける文化自体が人間独自のものなのか。
しかし名前がないとなるといっそう不便だ。
少女「よければ・・・あなたがつけてくれませんか?
   私の・・・ナマエ。」

七志「え!」

少女「ヒトはお世話をするイヌやネコ、はたまたサカナにまで名前を付けるんですよね。
   ですから、私にも。つけてください!名前!」

なんか目がキラキラしてきた。
もしかすると憧れてたのか?名前。   

しかし・・・急に言われても困る。
とりあえず、最近見た名前の中で、なにかいいものがないか考えてみる。

しばしの間のあと、ちょうど良い名前があることを思い出した。名前は・・・


七志「えーっと・・・じゃあ、『いなり』は、どうかな?」
少女「いなり・・・」


不思議な顔がだんだん笑顔に変わる。
いなり「・・・はい!とても素敵な響きです!
    私の名前は・・・いなり・・・!ふふっ・・・」

よほど気に入ったのか、歌うように「いなり」を口ずさんでいる。

さきほど目線を回した先にあったコンビニ弁当の助六を見て、ハッと思いついただけなのだが
それを拝借しただけなのだが・・・こんなに気に入ってもらえると、少し罪悪感すらある。


いなり「それでは、これからよろしくお願いしますね。
    ・・・だんな様」


いやいや、待て、その件に関してはまだ、結論が出てないんだけど。
しかしこちらを見据えて微笑むいなりに言い出すほど、俺のメンタルは強くなかった。


こうして、人と狐、俺といなりとの奇妙な共同生活が、ここから始まったのだった。


第1話:おわり



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