七志「ん・・・んぅ・・・」

窓からさしてきた朝日に顔を照らされて目が覚める。
昨日、簡単に夕食を済ませてシャワーを浴びて・・・というところまでは覚えているんだけど
シンクに昨日食べたカップ麺が放置されているところを見ると、力尽きて寝たらしいな、昨日の俺は。

風呂場の前の洗面台に血の付いたワイシャツが横たわっている。
漂白剤で漬け起きするつもりでそのまま置き忘れてしまったんだった。
獣医の先生は『洗えば問題ないですよ』と言っていたけど、落ちるのかなぁ。
風呂場の桶を持ってきて漬けておこう。

しばらく置いておかないと洗濯も回せないし、待っている間に朝食を食べようと
キッチンの明かりをつけたのだが・・・

七志「あー・・・朝飯用意してないんだった・・・」

カップ麺はまだ買い置きがあるが、さすがに朝からカップ麺というのは気分的に、ね。
いそいそと着替えて歯を磨き、近所のコンビニを目指す。

玄関のドアを開けると 天気は快晴・・・言いたいところだが、ところどころ雲が浮いている。
階段を降りて郵便受けを見ると、俺のところにハガキが差し込まれている。

(そのだ ななし)
園田 七志 様

俺の名前が印刷されたハガキを確認してみるが、他愛のない広告のようだ。
まあ後で捨てればいいか、と郵便受けに戻してアパートを後にした。

一夜超えてようやくたどり着いたコンビニでは今日も食料品や雑貨がひしめいている。
空腹な俺は雑貨品コーナーを素通りして、おにぎりをはじめとした食料品を購入。
ついでにレジ横の肉まんを買って、歩きながらかぶりつく。

・・・ふと気配がしたので背後を振り返ると、道端を散歩している白い猫が俺のほうを見ていた。
俺が食べている肉まんが気になる様子だが、あいにくこれは俺の獲物だ。
あげないよ、というような視線を送ると、それを解したのか残念そうに猫は去っていった。

そうだ、動物といえば、昨日の狐だ。ちょっと様子を見に行ってみよう。

自宅で身支度を整え、動物病院を訪ねた。
今日はまだ患者がいないらしく、ペット用トイレも未使用のままだ。
どうやら少人数でやっている病院らしい。自ら受付カウンターに座っている先生に会釈をした。

獣医「やあ、昨夜はどうも、大変でしたね」

獣医の先生は昨日と変わらぬ柔和な笑みで、その後の経過を教えてくれた。
怪我の予後は良好で、命に別状はなかったこと。
手足や耳、しっぽの先の毛が白く、おそらくはアルビノであること。

・・・そして、今朝ケージを開けたとき、不覚にも逃げられてしまったことも。

獣医「すぐに走れるようなケガではなかったはずなんですが、野生動物の生命力ということかもしれません。
   あの・・・疑っているようですみませんが、あなた本当に何も知らないんですよね?」


まあ、突然野生の狐を連れ込んできた男だ。
立場が逆だったら俺でも違法飼育やら密猟やら、そういう後ろ暗いものを疑うだろうな。

七志「いやー・・・すみませんが、本当にただ、跳ねられたとこに居合わせただけで・・・」

お互いにきょとんとした顔で見合わせてしまった。
狐につままれたような顔、ってのはこういうのをいうんだろうな。

たしか狐を見つけたのは神社の周辺だった。
あのあたりを探してみれば、もしかしたら見つかるかもしれない。

動物病院を後にした俺は、その後しばらく神社の近辺を散策してみることに。
とはいえ狐どころかこのご時勢、野良犬も見つからない。
心配ではあるが相手は野生の動物。そっとしておくのが一番なのだろうか。
・・・と、考える俺の顔を『ピチャッ』という感じの冷たさが襲う。

七志「・・・うわ、雨降ってきた」

雨の匂いがするが、空を見上げると相変わらず日が出ている。天気雨か。
傘を持っていない俺は小走りに自宅を目指すのだった。

今日も今日とて、というか昼夜関係なくひと気のない
ついでに言えば済んでいる人は俺以外にいない、ところどころサビてレトロの域に片足を突っ込んだアパートが見えてくる。
その代わり家賃は安めで周りは静かなので、それなりに気に入って借りてるんだけどね。
・・・っていうかもう雨やんでるじゃないか、走って損したかも。

部屋の鍵を開け、ノブを回してドアを開けたとき、後ろから誰かに声をかけられた。

???「あ、あのっ!」

女性の声がしたので振り返る・・・が、目線の先には誰もいない。
その声の主は目線の”下”にいたのだった。

七志「え・・・っ!?」

視線を落とした先にいるのは・・・狐。その耳の先は白く色が抜けている。
昨日のあの狐だろう。その狐が、俺に向かって声をかけてきている。

・・・・・・狐が声をかけてきた、だって?

七志「え・・・???ちょ・・・・・・・???」

あっけにとられる俺をよそに、狐はトンッ、と俺に向かって飛び跳ねた。
狐は狩りをするためにジャンプが得意、と聞いたことがあるんだが、この時はそんなことを考える余裕なんてなかった。
跳んだ狐が「どろん」とでもいうべき音とともに煙に包まれ・・・

???「やっと見つけましたーーーっ!!」

煙の中から女の子が現れた。





晴れの日に雨が降ることを『狐の嫁入り』というが
晴れた空から女の子が降ってくることはなんていうんだろうか?

こういう非常事態に陥ると、人間は感覚が研ぎ澄まされるらしい。
着物姿の金髪の女の子が俺に向かって飛び込んでくるこの光景が
俺の目にはスローモーションのようにゆっくりに見えていた。

七志「うぉおおっ!!??」

それもつかの間、俺はとっさに腕を広げて彼女を抱きとめる。
すると彼女は俺の胸に顔をうずめて抱きついてきたのだった。

この状況にあっけにとられつづけて何も言葉が出てこない俺をよそに、彼女は
俺の顔を見上げて、太陽のような満面の笑みで口を開いた。

???「昨日助けていただいた狐です!あなたのお嫁に参りました!」










七志「えっ・・・??はぁ!?」




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