突如現れた言葉をしゃべる白い猫。
驚いたには驚いだが、今の俺にはすぐに正体の察しがついた。
ただ、さすがに今この瞬間にそれを人目にさらすのは面倒なことになる、という察しも付く。
この公園は神社と合体しており、当たり前だが神社の本体、御社殿(ごしゃでん)がある。
罰当たりではあるがその陰に隠れさせてもらうとしよう。

御社殿と管理小屋の間。お互いに窓もなく、人目を逃れるには絶好の場所だろう。
お菓子の袋の切れ端が落ちているところを見ると、悪童たちのたまり場にもなっているようだ。

いなり「あ、あの・・・とりあえず、そろそろ降りていただいても?」
いまだに頭の上に誰がいるのかよくわかっていないいなりは
頭の上で首輪の鈴の音を響かせる声の主に訴えかける。

猫はその言葉に応じるように帽子を跳び降りる。
体長の約5倍をゆうに跳ぶというそのジャンプ力によって俺たちの視界から消え
ここ3人にとってはおなじみの「どろん」を伴って地面に着地した。



すっ、と立ち上がった姿はいなりたちと同じく小柄で、彼女の場合、頭には猫耳。
頭の上にはひと房のくせ毛が立ち上がっており、いわゆるアホ毛を作り出している。
後ろでまとめた白髪には鈴が提がっており、さきほどから乾いた金属の音を響かせていた。

服装は深い藍色を基調とした裾の短い着物。
スレンダーで引き締まった体型や身のこなしとあわせて忍者のような印象を受ける。
いなりはあの巫女服を神社の巫女さんを模したといっていたが、彼女もそんな経緯なんだろうか。

白猫「・・・なにじろじろ見てんのさ?
   見た感じ、女には困ってなさそうだけど?」


きりっとした眉、くりっとした黄色い猫目が怪訝な表情を向ける。
リクといい、この子といい、裾の短さに自覚はないのか?
健康的な脚が短いスカートから延びていたら、たいがいの男の視線が行くはずだろう。
・・・いや、猫とはいえ相手は女の子だ、紳士的にいこう。
そう自分を納得させていると、いなりが手ぶりを交えて自己紹介をした。

いなり「私はいなり、もと狐です。
    で、この子がもと犬のちょこ」


指先を向けられたちょこはいなりのうしろに隠れ、消え入りそうな声で応えた。
七志「俺は、えーっと・・・人間の七志。
   さっきはありがとうな、えーっと・・・」


慣れない異種族への自己紹介をこなす俺の心境を読み取った白猫娘は、訝しげな表情で口を開く。
白猫「ああ、あたしの名前?・・・今はスズって呼ばれてるよ」

今は、という言葉の意味にひっかかるが、気にせずにおこうかな。

いなり「さっきはありがとうございました、スズさん!
    おかげで助かりました」


深く頭を下げてお礼を述べるいなり。
スズ「ま、ずっと見てたからな、いつかやりそうだなーとは思ってたよ」

七志「ずっと見てた?」


スズ「ああ、そう。あんた、そこの人間。
   あんたに聞きたいことがあってさ」


俺の顔を見つめるスズは、視線をそらさずに続ける。

スズ「あんた、あたしのこと何か知ってない?」

突拍子のない奇妙な質問に面食らった俺のことを察したスズがさらに続ける。

スズ「変なこと言ってるのはわかってるんだけどさ、
   あたし、記憶がないんだよね。気が付いたらこの町にいて、この姿になれてた」


スズは人の姿になれることについて、その前後の記憶がないことや
普段は野良猫として生活していること。
首輪についた鈴から、いつのまにか人間からスズと呼ばれていたことを話してくれた。

・・・猫の姿で古い首輪をつけていたな、もとは誰かに飼われていたんだろう。

七志「そうだな・・・俺の知ってる白い猫は、もうずいぶん昔にいなくなっちゃったから。
   悪いけど、きみのことは知らない・・・かな」


いなり「こういうこと、リクさんなら詳しいんじゃないですかね?
    ”記憶喪失”っていうやつでしょうし」


たしかにこういう話はリクに聞くべきだろう。
というか、いつもなら真っ先に現れそうなリクがまだ出てこない。
そこの公衆トイレからスッ、と出てきそうなんだけどなあ。

七志「そういうのに詳しい知り合いがいるから、今度会ったら聞いてみるよ」

いなり「さっきの帽子のお礼もしないといけませんし、
    私にもなにかできること、ありませんか?」

スズ「あー・・・礼なら別にいいよ。これだけで、ね」
そういっていたずらな笑みを浮かべるスズの手には、桃色の巾着ぶくろが揺れている。
花柄の布で作られたそれは、先日俺がいなりに買ってやったものだ

いなり「あっ!それは!!」


とっさにとびかかるいなりを軽くいなし、木の枝に飛び乗るスズ。

スズ「中身は食べ物だろ?さっきのお礼、これで勘弁してやるってこと!!」


そう言い放つと、獣に変身するあの『どろん』とともに姿を消してしまった。
ガサガサという音が木の上を走る。

ちょこ「・・・・・・」


ちょこが不安そうな顔で周囲を見回すが、じきに声にならないほどの小さなため息をつく。
耳と鼻のよいイヌでもスズの気配は見失ってしまったようだ。
そして慰めるように、口を押えて立ち尽くすいなりのそばに寄り添った。

七志「・・・お弁当持ってかれちゃったな、・・・大丈夫か?いなり」


いなりははっとしたように
「あ・・・はい・・・」とだけ呟く。
そこまで長い付き合いでもないが、「大丈夫じゃない」ということだけはよくわかった。







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