俺たちが訪れたこの小さなショッピングモールは二つエリアに分かれている。
100円ショップのある東側と、道路を挟んだ南側。
その南側の奥、他よりも二回りほど大きな店舗の自動ドアの奥には本屋があった。
いなり「ホンヤ・・・ですか?」
今日何度目かはわからないが、またもや彼女はキョトン顔をしている。
まあ、確かに狐に本を理解しろというのもだいぶ無理があるのだが
今日の実績を見る限りでは、期待してよさそうだろう。
コンビニやスーパーの雑誌コーナーを除くと、近所では唯一と言っていい本屋。
わざわざ本棟とは別で建っているだけあり、広々とした空間に所狭しと本が並べられ、店内を彩っている。
七志「そういえばいなり、文字は読めるのか?」
少なくとも、彼女はいま、日本語を理解して会話している。
が、今日までに彼女が文字を読んだことはない・・・ように思う。
いなり「もじ・・・・・・・・・?」
適当に近場にある本のタイトル文字を指さす。
いなり「この、にょろにょろした黒い絵のことですか?」
やっぱりか。
どうやら彼女は文字を言葉として認識していなかったらしい。
というか、文字を知らずに三日間過ごせるのは現代の文化が凄いのか
それともいなりの適応力が凄いのか。
七志「えーと・・・たぶんこの辺のコーナーに・・・」
と、いなりを連れてきたのは児童書。
明るい色使いをした厚い丈夫な表紙が並んだ、いわゆる絵本のコーナーだ。
さっそくいなりは他とは違った雰囲気の書物を見まわしている。
さらに売り場を探すと、目当てのものが見つかる。
いなり「これは?」
七志「人間の子供に言葉を教えるための本だよ。
しかもこれ、ここを押すとしゃべる」
職場の先輩の子供自慢がこんなところで活かされるとはな・・・
店頭サンプルに触れると、絵本にくっついたスピーカーが動物の名前を読み上げる。
てっきり怖がるかと思ったのだが、いなりは思ったほど驚いていない様子。
俺が思っている以上に人間社会の生活のことをわかっているらしい。
七志「人間の社会で生活するなら、文字は読めなきゃな。
たぶんいなりならすぐ読めるようになるんじゃないかな」
いなり「が、がんばりますっ」
元気よく返事をして、並んだ絵本を見て回るいなりの目は輝きまくっている。
そして俺は、いなりが手に取った「ごんぎつね」をさりげなく却下したのだった。
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